抗生剤の話

 抗生剤は病原体を直接殺す、または増殖を抑制して白血球による病原体処理を助けることにより、感染症を治療する薬です。約50年前に登場しそれまでは命が失われていた病気でも完全に治癒してしまうという画期的な効果を示し、以後現在にいたるまでその効果に絶大な信頼が寄せられています。幸いなことに副作用もほとんど見られず安心して使用できる薬であることから、世界的にも広く使用されてきました。その経過で、抗生剤の効果と副作用および限界が研究され、安全に使用することができるようになったのです。

抗生剤にはどのような効果があるのでしょうか。

 感染症とよばれる疾患は病原体が生体の中にはいりこみ、生体の機能を犯し、時には生命までも奪ってしまう病気です。病原体にはその大きさ、形態、機能からウィルス、クラミジア、マイコプラズマ、リケッチャー、細菌、真菌、寄生虫に大きく分けることができます。このうち日常的に遭遇する頻度の多い病原体は、ウィルス、細菌、マイコプラズマです。抗生剤が効果を示すのは細菌とマイコプラズマ、クラミジア、リケッチャーです。最も頻度の多いウィルスには全く効果を示しません。マイコプラズマ、クラミジア、リケッチャーに対しては効果は示しますが、残念ながらその効果は限定的です。しかし幸いなことにウィルス、マイコプラズマ、クラミジア、リケッチャーのほとんどに対し生体は自然治癒力を持っています。細菌感染にも生体は治癒力はある程度持っていますが、十分ではありません。その細菌感染に抗生剤が絶大な効果を示すことから、戦後抗生剤の登場によって細菌感染症の死亡率が大幅に下がったのです。

抗生剤にはどのような種類があるのでしょか。

ペニシリン系

 ペニシリンG、ビクシリン、サワシリン、ユナシン等が現在使われている主なものです。菌を殺す力(抗菌力)が強く使いやすい薬です。副作用としては下痢がありますが脱水になる程ひどいもではありません。アレルギーによるアナフィラキシーショックが問題となりますが静脈注射のときに起こるもので、経口投与ではほとんど見られません。時に蕁麻疹等の発疹は認められます。

セフェム系

 セフゾン、ケフラール、フロモックス、トミロン等現在で最も多くの種類があり使用量も最大のものです。抗菌力はペニシリン系と同等かそれ以上であり、ペニシリンに耐性を示す細菌にも効果を示します。副作用はペニシリン系とほぼ同じです。

マクロライド系

 エリスロシン、クラリシッド、ジスロマックと呼ばれているものです。抗菌力がペニシリン系やセフェム系に比べ弱く、特有の苦味があるので、粉の形で服用するこどもには嫌われる飲み難い薬です。しかしペニシリン系やセフェム系では効果のないマイコプラズマ、クラミジアに効果を示すこと、アレルギーを起こさないことが利点となり広く使われている抗生剤です。最近開発されたジスロマックは一日一回三日間服用すると1週間効果が持続し、さらに病巣に選択的に取り込まれ、そこでは血中濃度より高い濃度を持続させることができますので、弱い抗菌力でも十分な効果が得られます。しかし味が極めて悪くこどもがなかなか飲んでくれないのが難点です。

テトラサイクリン系

 ミノマイシン、テラマイシンと呼ばれるものです。抗菌力はペニシリン系やセフェム系に比べ弱いのですが、マクロライド系よりは強い抗菌力を示します。そのため成人のマイコプラズマ感染によく使われる薬剤ですが、着色歯を作るという副作用から小児では使えない抗生剤です。永久歯形成過程にある8才以下の子供の永久歯に取り込まれ、その部分に色がついてしまいます。そのときは気付かれませんが、永久歯が出てきますとそれが黄色く、時に黒ずんだ色が付いていて初めてわかります。成人に見られる着色歯の原因のほとんどが、乳幼児期に使用したテトラサイクリン系抗生剤のためと考えられています。

抗生剤の副作用について。

 抗生剤は効果が大きく、その割に副作用が少ないことから安心して使える大事な薬剤なのですが、注意しなければならない点がいくつかあります。下痢が多いことは共通の特徴ですが、脱水になるような下痢は、投与初期の下痢にはありません。ペニシリン系やセフェム系に見られるアレルギーは重大な副作用ですが、経口投与では蕁麻疹程度で重篤なアナフィラキシーショックは稀ですので外来治療ではあまり問題になりません。テトラサイクリン系に見られる着色歯は、生命に関わらないとはいえ、一生の問題ですので厳重な注意が必要です。抗生剤の最大の問題は耐性菌の問題です。長く使っていると薬が効かなくなってくる現象です。今までは常に新しい薬剤が開発され大事に至っていませんが、いずれ問題になることが予想されます。耐性菌出現の機序は決して単一のものではありませんが、最も大きな原因は多量に長期間使用するこにあります。耐性菌の出現のほとんどが長期入院の重症患者に見られます。重篤な基礎疾患を持つ患者さんの感染症は治りにくく、どうしても抗生剤の長期多量投与になってしまいます。生体には病原菌以外に多数の常在菌が存在します。そのうちで抗生剤に感受性のある菌は一定期間抗生剤を使用しますと消えてしまいます。残った菌は抗生剤が効かない耐性菌になってしまいます。その中でとりわけ問題になるのはメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)と言われる細菌です。ブドウ球菌は皮膚の常在菌で、ほぼ全員が持っている細菌です。通常は病原性を示しませんが皮膚に傷ができるとそこで増殖し化膿巣を作ってきます。重篤な基礎疾患のある患者さんは、MRSAによる肺炎や敗血症を起こしてきますので、注意が必要ですが、健常人では問題にならない感染症です。健常人でもMRSAが鼻腔等に見られることが時に見られますが、数ヶ月の経過で消失していきます。

抗生剤使用の実際。

 抗生剤の適正使用とは、どのような場合に、どの種類の抗生剤を、どのくらいの期間使用するかを明確にすることです。抗生剤はウィルスには効きませんのでウィルス感染症には使うべきではないというのは原則です。しかしこの点に関してはいくつかの問題点があります。インフルエンザや麻疹はウィルスによって発症する感染症ですが、両者とも高い頻度で細菌感染を合併してきます。この細菌感染が重症化の原因になることから、抗生剤の投与が必要になることが少なくありません。

 発病の初期にウィルス感染か細菌感染かはっきりしない場合があります。その時期にその地域で流行している疾患の情報、診察所見で判断をしますが、それでもはっきりしない場合は抗生剤の投与を行って経過を観察することになります。検査をすることにより判断の根拠が得られることもありますが、検査も絶対ではありません。発病初期の検査ではウィルス感染の結果が、数日の経過で細菌感染のパターンを示すことはめずらくありません。そのためウィルス感染症でも抗生剤が使われることが多いのですが、これは抗生剤の副作用がないことが前提になっています。ミノマイシン等のテトラサイクリン系の抗生剤は小児で使用しますと、永久歯に色がついてしまいますので、特別の場合を除いて(生命の危険を伴う、リケッチャー感染症やオーム病)使用すべきではありません。

 常に問題となるのは耐性菌です。従来耐性菌は抗生剤を大量、長期に投与する場合に見られていましたが、近年経口投与で耐性菌が出現することが知られるようになりました。今後は必要最低限の投与に心掛けなければなりません。抗生剤はある一定期間は服用を継続しなければなりません。細菌感染に対し1日使っただけでも熱が下がることがあります。副反応を恐れてそこで薬をやめてしまうと、再び発熱してくることがあります。指示された日数は必ず服用して下さい。

病気の話あれこれへ戻る