風邪(特にインフルエンザ)の話

インフルエンザと風邪はどう違うのでしょうか。

 インフルエンザは風邪の一種です。風邪とは上気道に病原体が感染し、炎症を起こす病気。上気道とは口腔、鼻腔、咽頭(のどの奥)、喉頭(気管の入り口付近)を指します。中耳と咽頭、鼻腔と目はそれぞれ耳管、鼻涙管と呼ばれる管で繋がっていますので、炎症が中耳や目にも見られることがしばしばあります。病原体としては、ウィルス、マイコプラズマ、クラミジア、細菌がその主なものです。ウィルスの種類が最も多く、その中にインフルエンザウィルスがあります。病原体が入りますと生体はそれを排除してようとして白血球と呼ばれる細胞が動員され、発赤、疼痛、腫脹が生じます。鼻腔に炎症があれば、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりがみられ、咽頭に炎症があれば咽頭痛(のどの痛み)となり、喉頭付近に炎症があれば咳が出てきます。病原体の如何に関わらず、症状は皆似ていますので、上気道に炎症がおきる病気を風邪、感冒または感冒症候群と呼びます。多くのものは放置しても治癒しますので病原体の確認までは必要ありませんが、なかには放置すると進行するものもありますので、症状から病原体を予測する診断が必要です。

インフルエンザは恐い病気なのでしょうか。

 条件がいくつか付きますが、インフルエンザは恐い病気ではありません。大人であればインフルエンザに何回か罹った経験があるはずです。社会生活を営む以上インフルエンザに罹らずに済むことはできません。インフルエンザウィルスは人だけでなく動物全般に広く感染する性質があり、動物と共存してきた歴史があり、これからもその共存関係は続きます。天然痘のように撲滅できる種類のウィルスではありません。いくつかの理由がありますが、免疫ができにくいことがその最大の要因です。免疫ができにくい理由も決して一つではありませんが、ウィルスが変異し易いことが大きな原因です。ウィルスが気道粘膜の表層感染を起こし易いことも何度も感染を繰り返す原因です。粘膜表層だけの感染ですと、免疫担当の細胞が十分に感染巣に集合できません。その間にウィルスは、枯れ野原に火を放ったようにあっという間に広がります。その後7日前後で多くの細胞群によってウィルスおよびその感染細胞は排除されますが、免疫がないとさらに日数を要します。

インフルエンザによる重篤な合併症とはどのようなものでしょうか。

 インフルエンザは基本的にはこわい病気ではありません。しかし時には脳炎や肺炎の合併症で重篤な健康障害や時には死亡することさえあります。インフルエンザが恐れられている理由はそこにあります。インフルエンザが重症化する要因はいくつかありますが、まずウィルス側の要因があげられます。インフルエンザウィルスは長い進化の過程で、多くの変異を繰り返し、他に類を見ないほど多くの亞型を作り出しています。大きくわけてA型、B型、C型に分類されます。そのなかでもさらに多くの型が知られています。その中で特に病原性の強いもの、弱いものがあります。A型が特にその種類が多くあり、香港型、ソ連型等が病原性の強い代表です。B型にはそれ程多くの型はありません。C型は人には病原性を示しません。A型のインフルエンザウィルスは今でも変異を繰り返し新しいモデルを作り出しています。今までにない全く新しいタイプが登場しますとほんんどの人が免疫がありませんので大流行となり、重症化する人も多く出てきます。この大流行がインフルエンザが危険な病気になる時です。

 感染者側の要因もあります。まず免疫のない人は重症化する可能性が高いと言えます。大人であれば過去に何度かインフルエンザに罹っていますので免疫は十分とはいえないまでも持っていますから、極端な健康被害になることはありません。問題は生まれて初めてインフルエンザに罹る乳幼児です。乳幼児のインフルエンザ合併症で問題になるのは脳炎または脳症と言われるものです。発熱後急速な経過で意識障害、痙攣に進展し、重篤な脳障害にいたります。1日ないし2日と短期間に進行すること、1才から3才までの幼時にも見られることが特徴です。5才を過ぎると頻度は極めて少なくなります。0才児の頻度もそれ程多くありません。

 肺炎もインフルエンザに見られる合併症です。熱が1週間続き、咳がひどいというのが典型的な症状ですが、二次感染が加わらない限り呼吸困難にまでになることは子供ではありません。水分がとれずに脱水になってしまうことは危険ですが、口から水分を少しづつとることで脱水予防は可能です。熱が長く続きますがそれは生体がウィルスを排除するために戦っている結果であり、生体にとってそれは決して不利に働くことはありません。脳炎のように短期間の内に攻撃されると十分に戦えないで終わってしまうことがありますが、普段健康な小児、成人であれば時間はかかりますが自分の治癒力で治せますので長くかかることはかえって生体には有利だといえます。しかし例外はあります。老人と喘息の患者さんにとってインフルエンザ肺炎はやっかいな合併症です。喘息の患者さんにとってはインフルエンザ肺炎そのものより、それによって誘発される喘息の重症発作が問題となります。老人のインフルエンザ肺炎は注意が必要です。健康人であれば時間がかかってもウィルスを排除する免疫が正常に働き、自然治癒に向かうのですが、老人ではその免疫の働きに問題があり時間がたっても治癒に向かわずどんどん悪くなってしまうのです。なぜうまく免疫が働かないかはまだよくわかっていませんが、老人特有の問題があると考えられています。インフルエンザウィルスは常に少しづつ変異を起こしています。大きく変異を起こせば生体は全く別の異物として認識して対応しますが、少しだけの変異では前と同じものと判断してしまうことがあります。そのため少し変異したウィルスに対し、以前に感染したウィルスに対する抗体と同じ抗体を産生して対処しようとします。以前感染したウィルスには十分強く結合できた抗体が、少しだけ変異したウィルスにも結合できるのですが、その結合力は弱く十分に機能を果たすことができないのです。これは過去に様々なウィルスに感染した経験を持つ人に見られる現象であり、老人特有の現象ともいえます。健康成人、小児ではあまり起きないことと思われます。

インフルエンザの診断はどのようにするのでしょうか。

 上気道に病原体が感染しますと病原体の如何に関わらず、咳や鼻汁、喉の痛み等共通の症状がでることから、上気道に炎症がある状態を風邪または感冒症候群と総称します。症状はそれぞれ同じように見えますが、良く観ていきますとそれぞれの病原体に特徴があることがわかります。その特徴をよく理解しますと、その症状の経過から正確な診断は可能です。検査による診断には病原体を培養する方法と血液を採って抗体の上昇を見る方法がありますが、どちらも時間がかかり、結果が出る時はもう病気は終わっていることが多く、特別の場合を除きあまり行われません。最近はインフルエンザをはじめ一部の病原体に対して迅速診断が可能となり30分以内に結果が出るようになりました。しかし迅速診断にも若干の問題はあります。従来の培養検査や抗体検査に比べ精度がやや落ちるのが難点です。インフルエンザの迅速診断の精度としては90%前後と言われています。検体の採取方法、採取時期により陰性に出てしまうことがあります。検査をしなくとも流行期であれば症状から90%以上の確率で診断は可能です。流行の始まりの頃は迅速診断は有効ですが、流行が始まってしまえば、臨床診断で十分といえます。インフルエンザの流行に関しては、各地でピンポイントの流行情報が出されていますので、それでも有効な流行情報を得ることができます。

 インフルエンザウィルスの際立った特徴は、乾燥した気温の低い季節に流行すること、空気感染する数少ないウィルスであり感染力が強いこと、潜伏期が3日前後と短いことがあげられます。流行があるかないかが診断の大きなポイントになる理由がここにあります。流行が始まりますと例え症状がインフルエンザらしくなくても検査をすればインフルエンザであることがほとんどです。

 症状からもインフルエンザの診断は可能です。インフルエンザウィルスの特徴として気道粘膜に広く感染するため、咳や鼻汁だけでなく中耳炎による耳痛、結膜炎による眼脂がみられます。ウィルスは初めに感染した粘膜の表層部位に数日留まり発熱を続けますが一時解熱傾向を示します、しかしその後再び一段高い熱が見られます。グラフにすると熱型に二つの山が見られます。麻疹でも見られる熱の特徴ですがインフルエンザでも多く見られます。二つ目の山は2日前後で終わります。風邪であればみな症状が同じようにみえますが、細かく経過を観察すれば検査をしなくても正確な診断は可能です。

予防接種は受けたほうがよいのでしょうか。

 免疫を強く確実に獲得するには予防接種よりも病気そのものに罹った方がいいのですが、インフルエンザは病気に罹っても免疫ができにくいという特徴があります。予防接種によって得られる免疫は病気に罹った時以下の効果しか期待できません。かつてインフルエンザの予防接種を学童中心に集団接種していましたが、効果が不確かとして中止になった経緯があります。この決定そのものに大きな間違いはないのですが、インフルエンザの流行抑止の観点から再考を求められています。事実集団接種を中止してから老人のインフルエンザの死亡が増えたことが明らかにされています。しかしそれだからといって過去の集団接種を再開すべきとの結論にはなりません。インフルエンザの予防接種を受けてもインフルエンザに罹患してしまうことに今も変わりはないのです。多少発熱期間が短くなりますが、手間と費用と副作用の心配を考慮しますと強く接種を推賞する予防接種とはいえません。現在はインフルエンザにかかると問題になる人たちを対象に接種が薦められています。老人は接種することによりインフルエンザ肺炎の死亡率が約50%下がることがわかっていますので、現在は公費負担で接種が積極的に行われています。重症喘息の患者さんにも接種は薦められています。健康成人、健康学童には接種のメリットは少ないと思われます。インフルエンザによる脳炎が乳幼児にみられますので予防接種は必要とされていますが、予防接種で脳炎が予防できるかは確認されていません。しかし他に有効な手段がないので現時点では予防接種が推奨されています。

インフルエンザの治療はどのように行われるのでしょうか。

 インフルエンザは咳や鼻汁が数日出て終わる軽いものから、肺炎や脳炎で死亡する重症なものまで極めて幅のある疾患です。軽く考え過ぎてもいけませんが、かと言って過度に恐れるのも問題です。正確な病状判断とそれに対する的確な対応が必要です。重症度の予測にはまずハイリスクであるか否かの評価が重要です。老人であるか、4才以下か、喘息等の基礎疾患があるかをチェックします。

 流行しているインフルエンザウィルスの型を知ることも重要です。ウィルスの暴露を受けた時、感染したウィルスの量が多いか少ないかも重症度と関係してきます。発病初期の患者さんと狭い部屋で長時間同室していた時は感染ウィルス量は多いと推定できます。地域での流行の初期よりも最盛期のほうがやはり感染ウィルス量は多いと推定できます。流行期はうがい、手洗いの励行が効果があります。発病予防にはあまり効果がありませんが、侵入したウィルス量を減らすことにより、発病後の症状軽減には効果を示します。マスクは感染予防には役立ちません。インフルエンザは空気感染をする数少ないウィルスです。通常のマスクでは容易に通過してしまう、8ミクロン以下の空中浮遊する飛沫にも、強い感染力がありますので、マスクは無効なのです。しかしマスクは、患者さんが、感染力の強い大きな飛沫を飛ばすことを防ぎますので、咳がひどい時はしたほうがいいのかもしれません。しかしマスクはしていると苦しいもの、ただでさえ咳と鼻汁で苦しい時に無理にマスクをする必要はあまりありません。咳をする時だけマスクかハンカチを口に当てれば、マスクと同じ効果が得られます。

 治療の基本は全ての病気に共通ですが、必要最低限の栄養の確保、水分を十分にとり脱水を予防すること、体を清潔に保つこと、症状を正確に把握することに尽きます。食欲は落ちることが多く十分な食事ができなくなります。このような時は何かを食べることが大事です。好きな物しか食べないかもしれませんが、食べないより食べたほうがいいですから食べられるものをあげて下さい。熱があるときは冷たいものを好みますので、冷たいものでもかまいません。食べてはいけないものは基本的にはないと考えていいと思います。オレンジジュースのように、酸味の強いものは吐きやすいのでひかえるようにと言われています。またグレープフルツやキウィフルーツそのもの、またはその果汁は薬の吸収を阻害したり促進したりするので、服薬の前後では摂取しないようにといわれています。それらは確かにその通りであり間違った情報ではありませんのでできれば避けた方がいいでしょう。しかしその選択が絶対正しいかというとそうでもないのです。オレンジジュースが吐き易いといっても他の飲料と比べ多少の差しかありません。薬の吸収に関しては多くの要素が加わり、薬の血中濃度は健康時でも服薬の度に1割程度の変動は観察されます。グレープフルーツやキウィフルーツによる変動はそれ以下であり、あまり神経質になる程ものではありあません。他のものは飲みたくないが、オレンジジュース、グレープフルーツジュース、キウィフルーツジュースなら飲めのであれば、飲んだ方が飲まないよりは良いと言えます。食べてはいけないと言われるものはこの他にも多くのものがありますが、科学的な根拠はあまりありません。吐く時は水分をとらせてはいけないと長い間考えられて、実際に20年程前までは医者が患者さんにそう指導していました。現在はそれはとても危険なこととされています。たとえ吐いている時でも水分は与えなければなりません。吐いてすぐは飲めませんので、30分位したら少しづつ与えて下さい。摂取量の目安は尿量が重要です。1日5回の排尿が分かりやすい目標です。

 症状を観察することは病状を正確に把握するために必要です。咳や鼻汁があるというだけではなく、いつから出ているか、よくなっているか悪くなっているか、熱は高いというだけでなく、1日のなかで3回から4回測定しどのように変動しているかが大事です。下痢や嘔吐も何回か、量は多いか少ないか、また排尿回数の観察も重要です。

 インフルエンザでは熱が4ないし5日続くことが多くあります。熱は生体が病気を治すための正常な反応ですから無理に下げる必要はありません。薄着にして熱の発散をよくすれば高くなり過ぎることはありません。解熱剤は基本的には使わないほうが良いと言えます。喉が痛い、頭が痛く我慢ができない時に鎮痛解熱剤を使用することは適正な使用方法です。しかし鎮痛解熱剤の副作用には十分な配慮が必要です。B型インフルエンザにアスピリンを使用しますと、ライ症候群という重篤な脳障害をおこすことがあり、10年程前から小児ではアスピリンを解熱剤として使用しなくなりました。しかし最近メフェナム酸やジクロフェナクナトリウムの使用でA型インフルエンザでも脳障害を稀に起こすと言われるようになりました。検討が不十分なため広く認知された知見ではありませんが、内容の深刻さから無視できないことですので、このような解熱剤は避けるべきでしょう。アセトアミノフェンはその心配がないことから、使用するならアセトアミノフェンにするべきでしょう。しかしアセトアミノフェンの解熱効果は、メフェナム酸やジクロフェナクナトリウムに比べ大分落ちます。

 インフルエンザウィルスは気道粘膜に広く感染し気道粘膜の線毛機能を抑制し、細菌感染を高頻度に合併することが知られています。インフルエンザウィルスに抗生剤の投与は無効ですが、インフルエンザにほぼ必発の細菌の二次感染治療のために抗生剤は必要となることが少なくありません。

 インフルエンザウィルスを抑える薬があります。以前よりシンメトリルというパーキンソン病治療薬がインフルエンザウィルスに効くことが知られていました。しかしこの薬剤は感染48時間以内に服用しないと効果がないこと、服用後数日で耐性ウィルスが出現し効果がなくなることが多いこと、意識レベルが下がりボーとすることが多いこと、時に重篤な神経症状が出現することから、小児では薦められない薬剤でした。一時インフルエンザ脳炎が話題になり、広く使用される事態がここ数年みられましたが、インフルエンザ脳炎に有効であるとの結論がないまま使用さることはあまり好ましいこととはいえません。幸いなことに新たに抗インフルエンザウィルス剤が開発され、使用できるようになりましたので、今後シンメトリルの必要性は少なくなるでしょう。この薬剤も発症後48時間以内に投与しないと効果がありません。インフルエンザ全てに投与できますのでその効果が今後期待される薬剤です。

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